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認識する者

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過去記事で、私は自分の苦手な人に対して、自分の感情をツールとして思考へ切り替え

観察者という “意識” を確立させているというお話をしました。

 

momonootukisama.hatenadiary.jp

 

 

この “意識” は、とても大切なポイントなので、もう少し補足説明しますね。

 

人と人とのコミュニケーションは、キャッチボールをしているようなもの。

私に、ボールを投げてくれる人がいてくれないと成立しません。

 

投げられたボールが外圧(顔つき、言葉、態度)。

そのボールが、私にとって嫌なもの、苦手なものだった場合

受け取った外圧が、顕在意識の私にとってネガティブな刺激となります。

 

その刺激に反応して表れるのが“感情”です。

 

その時の私の感情は、こんな感じ。

“ まただ・・・”とか、 “あぁ、嫌だ” とか、 “もう、ほっといて~”とか思っているわwww

 

この感情に対して

対象者の何に、私がどのように反応しているのかを認識しているのが“観察者”ね。

 

観察者の認識は、こんな感じ。

対象者の使う言葉が威圧的、傲慢、汚い。

態度が、高圧的、感情的、言葉・トーンに抑揚があり過ぎる。

対象者の表現は大袈裟、意識無意識に関わらず

自分の意見を押し通す、又は、支配下に置く為にそのような態度で接していると推測される。

 

よって、対象者に対象とされている私は、非常に疲れる。

 

 

これが、私の顕在意識と観察者のやり取りね。

 

観察者とは、感情を極力入れず

顕在意識に現れた現象を、淡々と分析していく存在なの。

 

観察者の認識を、顕在意識が知り

今の状態を、冷静に受け取ることが大事なのね。

 

なぜかというと、私が嫌だと思っている、対象者の態度は

私の領域ではなく、対象者の領域だからよ。

 

ここで、ももつきが苦手としている対象者への感情に重点を置いてしまうと

ももつきが、対象者の意識、都合に囚われてしまうことになるの。

 

そうならない為に、「だから、疲れるんだぁ~ ♪」と、自分にだけ意識を向けるの。

後は、さっさと気持ちを切り替えて、心地よい状態へシフトチェンジする。

 

 

 

 

観察者の認識(分析)とは、あくまで顕在意識の今までのコミュニケーション経験値の集大成。

 

今までの自分の経験値から、自分の反応を分析しているってことね。

 

対象者に対して、ももつきの主観から発動されている現象だから

対象者が客体、ももつきが主体となります。

 

ですが、ももつきの反応を軸として、観察者が分析している時点で

観察者が主体、ももつきが客体となってしまいます。

 

 

 

 

 

自分の中で、観察者という意識を確立すると

現象界・物質界とされる世界で、すべてに対応している顕在意識が“客体”

顕在意識を内観する観察者が“主体”となります。

 

なぜだか、お分かりになりますか?

 

顕在意識が生む感情は

外圧に対するただの反応なんですよ。

 

人は自分が置かれている、環境、状況、立場によって、気分、気持ちがコロコロ変わります。

 

何事もなく、変化を感じられない毎日だとしても

起きている時は、今を把握し、思考、行動しています。

 

人は、一定の感情を維持しながら生きることはできません。

 

この世の不幸、悲劇は、人が感情を自分だと思ってしまったこと。

 

この現状を打破すべく、スピリチュアル界に現れたのが

“私は居ない”と発信している皆さんです。

 

 

 

 

 

 

 

でも・・・

私は@いるけどね^^

 

  

私(顕在意識、観察者)は

この世の物質界、現象界ともいわれる次元の担当者。

 

認識する者として、今、ここに存在しています

 

 

 

 

 

 

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