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対極の世と帰属意識

インナーセルフ

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今夜は、新月です。

今夜を清々しく迎える為に、月讀さまにご挨拶に伺ってきました。

 

伊勢の神宮、正宮(内宮・外宮)と

別宮、月讀宮月夜見宮伊雑宮へ参拝させていただきました。

 

“歩く”ということを徹底した日だったわ。

 

新たな気づきと導きを与えられ、今夜を迎えられることに感謝します。

 

 

 

 

さて、今日は前記事のメビウスの輪を少し補足しますね。

 

【 対極の世 】

この世の出来事には、両面・両側・両極という“対”になっているの。

あらゆるモノには“極”があるということね。

二つの両極端の間には、“度”というものがあるだけなの。

 

例えば、“高い”と“低い”。

正反対を表す言葉だけど、互いは繋がっていて同じことなのね。

 

"高さ"という観念を表すと、

基準としている高さより、高いか低いということであって

高さの "程度" が違うだけ。

高さと低さは対であり、片方だけでは成立しません。

 

 

 

 

そして、人、心の中も同じことがおこっているの。

 

不幸な経験には、対極である幸福な経験への道が開かれるのよ。

 

私の過去、思い出したくない経験・無かったことにしたい経験が

対極である、愛しい経験・この世に生まれた "宝" を得る切符なのね。

 

自分自身の置かれている "環境" という観念を言葉で表すと

自身の理想(定義)とする環境基準から見た、幸・不幸という "尺度" に過ぎないのね。

人は余りにも不幸な経験をすると、その頃の "環境" に自ら囚われてしまい

幸福な経験への切符を得たことに気づくことなく、生を終えてしまうこともあるの。

 

 

 

きぞく

帰属

1.つき従うこと。

2.その所有となること。

 

 

過去の経験、他者に執着(依存)することはやめましょうね。

 

 

私は、プライベートで私に対して

 

“あなたのため”、“お互いのため”、“みんなのため”

 

などという、綺麗な言葉を使う人と個人的なお付き合いはしないことにしているの。

 

 

その人が、“私・互い・皆”の為でなく

“自分の為”に、私に言っていることを知っているから。

 

 

この世の対極、両の“極”を知り、極めることが心眼を開くことに繋がるの。

 

 

読者さんが、どうしても何かに帰属しないと生きていけないなら

私は、ご自身に帰属していただきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

ちょっと、難しいお話だから

また、機会があったらお伝えしますね。

 

今日は、このへんでおしまい 

 

 

 

 

 

 

 

 

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